六万行願
大正8年(1919)第一次大戦後国際連盟が結成された時、天香さんは、世界の真の平和は一人ひとりの心の中に、
争いの種をなくすることからはじめなければならないと、六万行願を発願されました。
六万行願とは、他家のお便所の掃除をさせていただくことを通じて下座の心を養い、争いのない世界の将来を祈り念ずることで、
その中に礼拝(おがむ)、下座(へりくだる)、奉仕(ささげる)、慰撫(なぐさめる)、懺悔(あやまる)、行乞(許されて生きる)の六つの祈りが
込められ、一万戸を単位にしたところから名づけられました。
その後、京都・滋賀など府県全域にわたる行願や、毎年正月数日間行われる年頭行願、11月の霜月行願、毎月の研修会行願など、各地で続けられています。
行願を通して、平和の輪を拡げていく活動を、「平和を創造する生活」運動として、L.P.C運動(Life
of Peace Creative movement)と呼んでいます。
一燈園生活窮極の願いは世界の真の平和ですが、真の平和はまず自分の心を正し、身を正し、生活を整えていくことからと、
昭和5年(1930)平和への積極的な働きかけとして「光卍十字運動」が発願されたが、第二次世界大戦後は
日本国際連合協会やユネスコ運動、国際宗教同志会や世界宗教者平和会議(WCRP)の結成時より協力しています。
さらに国際自由宗教連盟(IARF)にも参加し、一宗一派をこえ下座の立場にたって世界平和の祈りに参与しています。
このようなことから外国からの来訪者も多く、つねに数名の滞在者があります。
「争いなき生活」を基本とした一燈園生活……その道の継承者の育成を願って、昭和5年光泉林に教育機関が設けられました。
初期の頃は同人子弟が中心でしたが、現在は全国から一般子弟も入学し同人子弟と一緒に仲よく勉学に励んでいます。
昭和8年、一燈園小学校の開設許可に続き、中学校、高等学校、幼稚園が設立されました。
「行余学文」を校是とし「行じて余暇あれば文を学ぶ」という考えの下に勉学と実践の両道を重んじ
、日常生活の中に「祈り」と「汗」と「学習」の時間をカリキュラムとしてとり入れています。
又、「学習」の中には小学校では英会話、珠算、洋舞、日舞等をとり入れ、中学、高校ではその他謡曲、仕舞等も講師の先生方の奉仕托鉢によってご指導いただいています。
一燈園生活の短期研修期間として、昭和16年(1941)から始められました。期間は毎月上旬の2泊3日が定例になっています。 六万行願、路頭を中心に、朝夕勤行、作務、講話など体験中心の研修です。個人の修行に、会社の研修や新入社員の練成にと巾広く活用されています。
一燈園資料館「香倉院」は、一燈園生活創始者西田天香の墨跡、遺品、その他の資料を中心にご縁のあった方々の資料も合わせて保管し、常設展示しています。
同人のように生活まで一つにしてはいないが、一燈園生活に共鳴してくださる方々を光友と呼び
全国にまたがって光友会が結成され、行願や托鉢会や講演会など、地道な活動を続けています。本部は光泉林です。光友会は関東大震災(大正12年・1923年)の時の天香さんの祈りからはじまりました。
光友会では、
●はきものを そろえましょう
●ごはんは 拝んでいただきましょう
●しごとは 奉仕の精神で当たりましょう
●自分でご不浄の掃除(行願)をすると、これらがたやすく実践できます。
を目標に実践してきました。天香さんの生きかたに共鳴する人がすべて光友さんであります。