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一燈園生活における托鉢と食

「頼まれた仕事を托鉢(たくはつ)心(奉仕の心)でするときに、自利利他(じりりた)の徳があらわれて、争闘の社会生活のうちに平和の浄土があらわれる」

――天香

坐禅する天香さん

 明治37年、赤ん坊の泣き声に、争いの種にならない食がこの世に与えられてあることを悟った天香さんは、自分もこれからはそのような食をいただきたい、しかし、それはどのようにして与えられるのだろうかと考えました。
 天香さんの目にまずとまったのは、一条(ひとすじ)のお米でした。それは、米倉に米俵を運び入れる際にこぼれ落ちたもののようでした。――こぼれた米なら、争いの種にはなるまい――天香さんはお米を拾い集め、川で洗い、お粥にしたのでした。
 次の日、旧知の商店の前を通りかかると、そこの女主人が天香さんに朝食をすすめました。はじめは固辞した天香さんでしたが、ついには、「誰にも迷惑をかけないものなら頂きます。あなたの心持がよくなるようなら頂きます」といって、釜の底にこびりついて残った落おとし(残飯)をいただきました。
 久しぶりに食をいただいた天香さんは、ふっと気がついたら箒(ほうき)を手にしていました。それは、見返りを期待するのでない、無心からの動きでした。天香さんはそのまま下働きを続けました。
 三日目に女主人は、天香さんを座敷に招き、深々と礼を述べられました。「この2、3日のあなたの働く姿を見て、丁稚(でっち)も番頭(ばんとう)も、女中(じょちゅう)も、そして私自身もすっかり気持ちが変わってしまいました。もう大丈夫、決して潰(つぶ)れない、という自信が出てきました。本当にありがとう」。

 無心の働きのうちに、必要な食を与えるにとどまらず、つぶれかけた家をも立ち直らせるほどの力がそなわっていることが、天香さんの前に示されたのでした。

 一燈園生活にあっては、労働も、賃金のために行うのでなく、互いに与えあって喜ぶことを本旨としており、これを托鉢(たくはつ)と呼びならわしています。そして、托鉢先が喜捨(きしゃ)するものだけをいただいて、奉仕の生活を続けさせていただくのです。

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